LLキャンペーン招待旅行 韓国旅行(冬ソナツアーだけど、私は別便に参加するぞツアー) 2005年4月26日〜28日 4月5日に説明会に参加するように連絡があり、市内中心部にあるらくのうマザーズの施設へ向かう。そこまではなんと1時間半以上かかる。以前、NPO活動をしていた際にはしょっちゅう行っていた距離ではあったが、今になって見れば遠すぎる。買い物にも出なくなり、買い物のほとんどをネットで済ませてしまう私にとってはすごい距離だ。その場所はNPO活動時代に勉強会に向かう際によく使った駐車場の近くであったため、そこに停めるつもりで、施設の前を通っていた。以前はあった大きな施設が道の反対側に移転し、もとあった場所に、有料駐車場ができていた。びっくりしてしまい、そこに停めればすぐなのに、素通りをし、遠くに停めてしまう。時間ぎりぎりであったため、走って向かう。 行ってみると、同じ組合の参加者の隣の席に偶然着いた。説明会は案の定、どーでもいいことであった。この説明会の趣旨は、事前お土産を買わせること、そして旅行に使うバッグ等を借りる・買わせることであった。やっぱり・・と思いつつも、参加厳守のようであったので、無理して参加した。しかし、この会の旅行に慣れていた方は参加してないようであった。私は、こんな小手先の騙しにひっかかる人が居るのだろうか・・と思っていたら、けっこうな人たちが買っていた。さすが・・と感心してしまった。 延々といろいろな説明が続いた後、任意保険の加入の説明があった。組合からは「団体保険だから安い」と聞いて、損保ジャパンの価格だけ調べておいて加入はしていなかった。しかし、損保ジャパンでは3500円程度の保険内容のものが5000円であった。個人保険が団体保険よりも安い。。。私は旅行前に損保ジャパンで、とそこで決めた。 説明会の参加の際に、後ろの席で男の人がタバコをプーカプーカ二度もさせた。私はこの旅行に不安を感じ、旅行会社に「禁煙」の申し出をした。私の説明が悪かったらしく、「バス」だけになった。・・このことが後で命取りになろうとは。 私のように一人で仕事をしている人間が休むということは大変なので、1泊であっても10泊であっても準備は一緒なので、できるだけ長期休暇をとるようにしている。たった2泊のために、準備に一苦労。まず、3日であっても対応ができないので、過去半年ぐらいからのご注文があった方(メールのみ)にお休みのメールを出す。ただ、要らない方もいるのは知っている。申し訳ないけれど、牧草の量から半年に一度とかの人もいるので、その人たちが誰か特定は不可能なので、すべての方にお送りする。一度に2時間ぐらい掛けて送る。すると、反応が2日後ぐらいなので、そのあたりはてんてこ舞いだった。そのピークが過ぎるとパタッとなくなり、あとは出発前日になだれ込んでくる。案の定、25日の発送後にあった。その中に生牧草もある。私は決心した。4時起きで牧草を刈り取って荷造りをして出かけることを。 旅行の際には、仔牛たちの世話の方法を父に伝えていく。ちゃんと紙に書いて。試行錯誤して今の給餌方法に落ち着いた。特に黒牛は牛たちの様子を見ながら、微調整が必要だ。だから、ホルスタインからの参入は難しいといわれている。ちゃんと説明しておかないとヤバイので私なりに準備をし、ちゃんとしていった。これもあとで命取りに・・ ![]() 私はこの旅行の際に、機内持ち込み可能な大きさのバッグを買うことにした。やはりネットオークション。買ったのは左の商品です。同じブランド?のショルダーも購入。結構たくさん入って、かわいい。でも、なぜ、機内持ち込み?というと、以前のNZ旅行での経験。今回はツアーなのでヒマはないと思っているが、個人旅行では時間にゆとりがあり、言葉が通じないこともあり、テレビを見ていても分からない。それに、こうやって旅行記をアップしようと思っているので、パソコンを持ち込むためだ。そのために、1月にはNZに持って行こうと、東芝リブレットを購入。実は、このリブレットは2ヶ月も探してしまった。2ヶ月間の最安値は4万。平均は4万5千円。私はそれ以下のものをずっと待っていた。すると、1月にはいってから、開始価格3万。希望落札価格3万5千円のが出た。私は迷わず落札。出品してから2時間後のことであった。良い買い物をしたと満足している。でも、おそらくジャンク品の寄せ集めのようだ。うるさすぎ。 そうこうあって旅行に出かける。 一日目(26日) 私は目覚まし1台(4時にセット)に携帯に4コールをセットして就寝した。以前、寝る前に枕を睡眠時間分だけたたくとその時間に起きれるというのをテレビで見ていたので、ためしに叩いて寝た。私はいつもそうなのだが、こういう時には目覚ましがなる前に起きる。今日も4時まえ5秒に起き、テレビを点けるとちょうど日テレの朝のニュースのオープニングであった。「さっすが、私!」と思って、おきる。万全の準備をしたら、準備が無用になってしまうことばかりだ。いつもそう。 準備をして4時半には山の上の牧草地へ。前日、両親に5時ぐらいにはあたりが見渡せるぐらい薄暗い?と聞いたら、見える見えると聞いてたので、安心して向かう。しかし、何にも見えない。仕方なく、車を牧草地に向け、牧草を刈り取る。5時過ぎに帰ってみると、どんどん明るくなってくる。両親が言ってことはまんざらウソではなかった。母が、「何か食べる?」と聞いてきたので、昨日おいしそうに食べていたうどんを思い出し、「わかめうどん」と言う。辛いのが好きな私は、唐辛子をたくさん入れて食べた。 6時に一緒に参加する同じ組合の女性2人と待ち合わせをしていた。市内の工場に集合だが、この時間帯にそこまで行ける公共交通機関がない。私の車はボロなので、どこに停めておいても気にならない。ただ、帰ってきてエンジンがかかるかが一番の心配材料。私の車に荷物を詰め込んで3人も乗っていく。さすがに気を使って運転した。 到着すると2台用意してあったバスの一台目は満員だった。私たちは二台目に乗ることに。出発すると、添乗員が「このバスは禁煙です。韓国内も禁煙です。灰皿があるところでは吸えます。」と。「ん?」と一瞬思った。その後、「今日までの受付です。事前のお土産は如何ですか?」と始まった。早起きをして気も使った私は疲れ、バスの中ではうとうと・・としていた。 福岡空港に着いて、冬ソナコースとそれ以外のコースと分かれ、旅券と名札とバッチを渡された。その間、代理店の人にお土産やさんたちが「中でも説明しても良いですか?」と聞いていた。空港内の会議室に集めさせるのはこのためでもあるのだなぁと思った。手続きに並ぶと、受付の女性たちは、日本人なのだが、コリアンビューティだ。韓国の美しい女性の要素を持った女性たちだった。故意に選んでいると察知した。手続きをして、会議室に向かうと、牛乳を渡された。まず、牛乳にびっくり。「酪農家に牛乳・・失礼じゃないか。わざわざ衛生のためにおいしくなくなったものを渡すとは!」。そしてその会議室は、タバコくさい。案の定、今までタバコを吸えなかった人たちが、密室の中でスモーキングをしている。ここに閉じ込められるとは。私は、すぐに出る。始まったころに戻ろうと。そろそろと思い、戻ると、なんと、スモーカーたちの中に通される。息が出来なくなったので、すぐに添乗員に事情を説明し、入国カードをもらい、出る。 ![]() 旅行には一冊の本。私はこの旅行では読む本を持っていこうと思い、ずっと前に目だけは通した(難しすぎて意味不明だった)本を選んだ。その時期から私はどのぐらい成長しているのだろうということを確かめたくて。本は、すぐに役に立った。会議室から出てから、私は結構読めた。冒頭のはじめにのページだけで、フェミニズムの系譜を網羅できるぐらいの内容だった。はじめにだけで私は満足できそうだった。なぜなら、これからの文章はこの言いたい事をくどくどいろんな研究者の研究内容を持ち出して反論したり、展開したりするだけのものだ。私が会議室から出て本を読んでいると、会議室に案内していた男性が後ろを通った女性となにやら話し始めた。 男:忙しい? 女:そうですね。忙しいですね 男:この時期は忙しくないんだよ。 女:そうなんですか。私はちょっと急ぐので、またいろいろ聞かせてください。 男:こんど遊びに行くよ。 私はこのゴールデンウィークの直前になぜだ?と思っていた。だが、実情はGWに休みが集中するので、直前は少ないのだと。だから、この格安ツアーはこの時期に設定されたのだと。なるほどねぇと思った。今回のツアーが私にとってどういうものかを予兆することだった。私にとってこのツアーは楽しむ以上にツアーでどうやって儲かるのかを知れると思った。 本を読むことに飽きた私は出発時間と今の時間を調べるために、掲示板のある場所まで歩いていった。すると、男性が、「あなた、こちらに並ばないと遅れるよ」と呼ばれた。私は人に顔を覚えられやすく、犯罪に向かないらしい。並ぶと、一号車の方ばかりだった。私は三号車。一号車から説明があっていたので、私は、遅れるのではなく、早かったのだ。そうして飛行機の席に着く。 空港に到着して、ロビーにてバスごとに別れた。今回の旅行は冬ソナツアー1号車2号車、じゃない3号車と分かれて行動をするらしい。特にじゃない人たちは別行動。周りを見渡してみると、この行事が通例になっているような方々で、お友達ごとに別れて仲良くしている。何名かはその中に入らずにいる。この旅行は部屋は2人1部屋なので、だれと一緒なのだろうとちょっと楽しみであった。ロビーのいすに座っていると、同じいすに同世代の女性が座っていたので、「もう疲れましたよねぇ」と声を掛けた。一緒にバスに乗り込む。お話をしてみると、合志町にある牧場の従業員さんらしく、そこでは130頭搾乳しているらしい。同じ組合の方と懇意にしている牧場という話らしく、後からその方を紹介した。 ![]() ソウルにある国際空港はまだ開発地域で、あたりを見渡すと首都とは思えないほど何もなかった。走ること30分。建物が見えてきた。ソウルオリンピック会場、今は国内線のみになった空港。あと、ごみ埋立地の紹介もあり、そこではガスが発生し、それをエネルギーとして活用しているという話でもあった。道沿いの川は、昔は魚も住めないほど汚れていたが、環境問題に真剣に取り組んだおかげで魚たちが戻ってきたらしい。昔は冬は川は凍っていて、冬場は川の上を歩いて反対岸に行っていたらしい。画像の建物は、奥のマンションから日照権を主張され、中を空洞にしたらしい。 昼食は、ビビンパ。席に座ると、運ばれてきた。いきなり、「ビール、ウーロン茶は有料です」とアナウンスがあり、みんな頼んだ。私たちはバスの中で両替をしていなかったので、頼まなかった。運ばれてきたビビンパに辛みそを混ぜていると、現地ガイドさんが、もっと赤くした方がおいしいと言ったので、もっと入れてみた。なるほど、辛い方がおいしい。ご飯を食べ終わると、周囲の人たちがタバコを吸いだした。最悪だ。旅行は個人旅行で、欧米圏が良いと思う。 周りの人たちがタバコを吸い終わるころ、料金を集めにお店の人たちが来た。頼まなくて正解だった。なんと、ビール5000ウォン、ウーロン1500ウォン。びっくりした。 お店を出て、ちょっと考えてみた。そういえば、添乗員も現地ガイドもその場には居なかった。計画的な料金設定だと思った。交渉することもできない状況だった。 ロッテワールドホテルに到着すると、部屋割り発表があっていた。誰と同室になるのだろうとずっと待っていると、どうもその彼女と同室らしい。おそらく、同年代の人と同じ部屋になるのだろうとは思っていたが、なんと奇遇なこと。彼女とは、もし別の人との部屋でも代わってもらえば良いし。と話していた。 部屋に行ってみると、サイトに載っていた部屋の雰囲気とはまったく違っていた。コーヒーの禁断症状が出ている私は、10分後集合なんて関係なく、お湯を沸かし、コーヒーを飲み始めた。一息ついて、集合場所に行ってみると、みんな集まっていて、私たち2人だけであった。「迷ってたんでしょ?」と聞かれたが、「本当のことは言えない・・」とボソリ。そこから、ホテルに隣接する免税店に行く。免税店では、有名ブランドが並んでいた。 同室の彼女はヨン様ファンの友達からグッズを頼まれていたらしく、一緒に探した。タレントショップというと、ごちゃごちゃしたイメージがある。しかしそこは免税店。シャネルと肩を並べるほどの落ち着きがあった。やはり免税店。価格が高い。マグカップ30000ウォン・・・。・・・足が痛い。 ![]() 次のスケジュールは、隣のロッテワールド。入場券をもらい、説明を受ける。一時間後に集合だと。えぇぇぇ!でも、夜11時まで開いているから再度入場可能らしい。入ってみると、室内施設のようだった。まずは、館内をぐるりできる乗り物に乗ろう!ということで、モノレールを探した。3階らしい。ここかなと入ってみると、別のアトラクション。それを終えて探すと、逆方向に行ったらしく、行き止まり。近くに居た案内のオネエサンに聞いてみると戻らないといけないらしく、戻ってみる。館内を随分歩いていると、足の痛いのも楽になった。おそらく、ずっと座っていたので、骨盤がまたゆがみ始めたのだろう。 ようやくモノレールにたどり着いてみると、長蛇の列。一応、並んでみる。数人ずつはけていく。順番を待っていると、いつもの事ながら、自分のところで切られる。しかし、これはラッキーなこと。一番先頭に乗れる。順番が周ってきて、もちろん先頭に乗る。すると、屋内施設と思いきや、屋外に出て行く。外では、面白そうなアトラクションがいっぱいあった。乗ってみたいものがたくさんある。一時間はツラーい!。。。と思っていると、終点らしき場所に着く。後ろに乗った人たちは降る。私たちがマゴマゴしていると、誘導しているオネエサンが日本語で、「オリマスカ?」と聞いてきたので、首を横に振ると、「ドウゾノッテテクダサイ」と案内された。私たちが降りずに乗っていると、後ろの方で日本語が聞こえた。「えぇぇ!乗ってていいの?ずるーい」と。後ろを振り返ると、同じバスの人たちが居た。周遊するモノレールは施設にどんなアトラクションがあるかよく見える。ジェットコースターもある。「これに乗りたい」というと、彼女は「私待ってるから」と。冷たい。。 モノレールから降りると、集合時間に近かったので、外に出ると、バスにほとんどの人たちが乗っていた。私たちも急いで乗る。しかし、私たちが最後ではなかった。もちろん最後は、モノレールを途中で降りたあの人たちだった。社会性を身につけているのはたまに仇になることもある。 バスは一路、夕食へ。 バスの中では、夕食後の案内だった。あかすりエステとショー。あかすりエステは、日本で修行をしたすばらしい人だという。ショーは女性も男性も楽しめるものだという。よーく聞いてみると、夜も深くなってくると男性向きになってくるらしい。現地ガイドさんが前から順に参加不参加を聞いてきていた。後ろの方の男性たちの所に座っている私たちは彼らの話がまるぎこえだ。 ガイド:「ショーではストリップもあります。食べ放題、飲み放題です」 男:「女の子は紹介してくれるの?」 ガイド:「ショーでは女の子を紹介してくれます。ただし、ショーに行かないとダメです」 男:「(ワクワク)いくら?」 ガイド:「ショーは6000円、エステは8000円です」 男:「(6000円のお金を払う)」 私は疑問に思い、隣の彼女に一言。「女の子の値段は聞かなくていいの?」。彼女、苦笑い。 こういうときにいつも思う。若い男性は消極的でしぶしぶ。だが、年配の男性は積極的。日本人の男はこうやって日本のイメージを悪くしていくのだなぁ。買春旅行はあまり聞かなくなったが、まだまだ根は深い。 夕食の席に座る。2人前牛かルビが配られる。ちょっと焼いていると、箸とはさみを持ってオネエサンが、そのカルビを切った。なるほどねぇ。合理的だ。そのはさみは、鍋を替える際にも使える。合理的だ。葉野菜にカルビを乗せ、添え物(キムチなど)をトッピングして、辛みそをつけて巻いて食べた。おいしい。いつもの事ながら、旅行一日目は便秘になるので、野菜をたんもり食べる。 食べ終わり、ホテルへ。(もちろん、多くの人がエステとショーへ) 途中で、ショーの人だけ降りる。そこでは、コンビニがあり、食べ物、飲み物を買えるらしい。両替をしていない私たちはコンビニにも行かなかった。コンビニに行った人たちは、途中で現地のヤバイ人たちに何か買わされようとしたらしい。さすが、ツアー。 ホテル帰宅後、私たちは、入場券を持ってロッテワールドへ。お昼に出るときに、再入場のしるしとして、手に何か付けられた。パッと見分からないが、青い光にかざすと光った。これがないと再入場できないらしい。私たちは、乗り物を探した。夜ということもあり、いろいろなアトラクションが閉鎖されていた。お昼にモノレールに乗ったときに長蛇の列が見えたので、そこに行ってみると、ウオータースライダーみたいな乗り物だった。夜になってもその列は続いていた。最後尾にて待つことにした。待つこと30分。私たちの順番が来た。今度は私たちで止められることもなく、前に現地の女の子2人がいた。「今度は前にすわれないんだ」と思っていたら、彼女たちは後ろに座った。それに乗って帰ってきた人たちの多くがずぶぬれになっていたのを見て、「彼女たちは乗りたいが濡れたくないんだ」と。そして、私が誘ったので、彼女に前に座ってもらうわけには行かない。責任を持って前に座ることにした。私は、ウオータースライダーは一回と思っていた。開始早々、登り始めた。もう?登ってちょっと進み、下り先が見えた。「いやぁぁぁ」と滑り落ち、案の定、ずぶ濡れ。これで終わりかと思いきや、またのぼりだ。今度は一回目よりも長いぞ。登ってからも長いぞ。途中に監視の男性が居た。眠たそう・・。でも私たちに気づくと、手を振ってくれた。それもつかの間、一回目よりも長いスライダーに入った。「いやぁぁぁぁぁ」とすべり落ちた。しかし、落ちてからの余白が長いので、こちらの方がぬれなかった。これだけのことに30分も待ったが、楽しかった。いやいや乗った彼女も、終わったら「楽しかった」と言ってくれたので安心した。 ホテルの部屋に帰って、NHKBSを見ながら、就寝の支度をしてぐっすり寝た。 2日目(27日) 朝6時にモーニングコールがかかってきた。「もしもし」と出る。「おはようございます。モーニングコールです。」といったので、「ありがとうございます」と返すと、応答はなく、勝手に話していた。どうやら、テープらしい。恥ずかしかった。 朝ごはんはバイキング形式。私は好きなものをたくさん取った。ソーセージが意外においしかった。乳製品もあり、せっかくなのでこちらのヨーグルトを食してみた。味が若干違った。 私にはとっておきの便秘対策がある。それはコーヒー。ケーキレベルの甘いものがあれば、ブラック。パンなら、ミルクと砂糖を入れる。どうもコーヒーが直腸を刺激して排便効果があるようだ。もちろん、それだけではく、寝る前のストレッチも欠かさない。この2つさえあれば、どこに行っても便秘に困ることはないようだ。・・もちろん、家でも欠かさない。 朝食が終わると、本日の天候が微妙なので雨具についての説明があった。彼女は持ってきてなく、説明を聞いていた。そのすきにというわけではないが、トイレに行って来ようと思って、彼女から離れた。トイレが終わり、部屋の階に戻ると同じバスの人たちが、「探してたよ〜」と声を掛けてくれた。急いで戻ると、「もしかして探してたの?ごめんごめん」と逆に謝られてしまった。さすが、3人の子持ち。お母さんだと思った。ちゃんと事情も説明した。「ゆっくりトイレに座りたかったから、1階のトイレに居た。」その続きにトイレであったことを話した。トイレに入ると、開いてるところを探して、入ろうとしたら、誰かが座っていてびっくりした。そしてその人は、洗面台にいる人と話していたということを話した。 集合場所に行くと、ほとんど集まっていた。しかし、また2人来てないという。みんなが「またぁぁ」と。もちろん、またといわれるのは、二度目だからだ。一度目の犯人は私たち・・ 最初の場所は、青磁器の窯元。この人(下の画像の人)はすばらしいということをバスの中で延々と説明があった。 作っている様子。 → → → → → ![]() 細く長く出来るのは、相当の技術らしい。 その後、絵付けの説明があった。皿に絵をつけるのは乗せるのではなく、掘って埋めるらしい。掘って別の色の土を流し込み、表面が乾いたら、後から付けた土だけけずって絵を出すらしい。その作業が下の画像。一番右はその作業をして出来上がったもののようだ。 ![]() ここまですばらしい技術を見せた後、やってきました、お商売。売店に呼ばれた。もちろん、私も入る。私は免税店での買い物は考えてなかったが、もし気に入るお皿があったら買おうと決めていた。うろうろしていると私の目に留まる一点があった。これだ!と決めて、説明を受けようと日本語の売店のオバチャンを待っていた。やっと捕まえると、「あら、これ安いわね。隣のは12000円、これ6000円。これ最後の一つだわ。」と。ホントかどうかは定かではないが、店内の商品でいくつか黄色の値札がついてるものがあった。それは他の商品と比べると安く設定されていた。私は、「これは先生の作品か?」と聞くと、「これは息子さんの試作品です。これは青磁ではなく、白磁なんですよ。」と。私は形が他のものと違っていたので、どうやって作るのかと聞くと、「丸く皿状に作って、それから形を変えるんです。」と。私はいたく気に入ったので、購入を決意。オバチャンは私は何も催促していないのに、「負けることはできないけれど、この豚の置物を一つつけるわ。」と。私は6000円という価格に大満足をしているので、「一つつけてもらうので、もう一つは買います」と言ったが、私は二つ付けろと交渉していると勘違いしたらしく、「一つって言ったでしょ!もうしょうがないわね」と。私はレジ担当に言おうとしているオバチャンを止めて、ちゃんと説明。すると、レジに6000円と言っていたのが翻って7000円と言い始めた。今考えてみれば、黙っとけば良かったかなとも思ったが、私の性格上、そういうのは嫌いなので、しょうがない。 書き画像は店内。水色のお皿は購入したもの。 ![]() ![]() お皿を買って満足してバスに乗り込むと、半分の特に若い人たちは乗っていた。ご年配の方々は売店のオバチャンに掴っているらしい。日本に直接発送してくれるらしいので、たくさん買い込んでいるようだ。 窯元の次は、韓国民族村。ここでは、1800年代の韓国の暮らしを見れるらしい。 ![]() 当時、村(集落)の入り口には左の画像のようなものが立ててあり、これが道しるべにもなったし、村を示すものでもあったらしい。天下大将軍とは男性のこと。地下大将軍は女性のこと。対にであり、なおかつ、女性の方が低く、かわいく作ってある。そういえば、窯元の入り口にもこの二本は立っていた、「あのトーテンポールは何だ?」とみんな言っていた。 村では、ウサギが飼われていたと言うことを言いたかったのだろうか、ウサギがいた。ここでは見えないが、ペレットと生野菜だけだった。昔はペレットはなかっただろうし、黒いウサギは外種だろうし。。みんなが、「臭い臭い」と言っていた。ここまで来て、ウサギは臭いと言う間違った情報を再確認させる必要はないだろうと思う。彼らほど、きれい好きで臭くない動物は居ないと思うのになぁ。彼女も、臭いといったので、「動物が臭いのは飼い主のせいなんだよね」とちゃんと説明した。村にはいくつかの世帯があり、一つの世帯が結構大きい。たくさんの人が一つの世帯に居たようだ。そして、韓国は緯度的には新潟くらい。とても寒かったらしく、近代的な床暖房の施設が整っていた。よく考えたものだと思う。 ![]() 最後に、お役所の場所に行った。裁判をするところに最初入ると、左の画像のようなものが2つあった。現地ガイドさんがこれが何に使われていたのか説明してくれた。これは、罪を犯した人に体罰を与えるためのものらしい。寝かせて、足と手をくくるらしい。私はガイドさんに聞いた。「当時の罰って何ですか?」とすると、「人を殺したり、盗みをしたり・・・・あと浮気」。どっと笑いが起きた。私は隣にいた彼女に聞いた、「男も裁かれるのか?」と。すると、「女性だけなんじゃない?」と。やっぱり。 このあと、刑務所に連れて行かれた。そして同じバスの人たちが「牛小屋のようだ」と。私はぞくっとした。刑務所のようなところで牛を飼ってるのか?と。もちろん、彼らが言いたいことは、「柵がある」ということなのだろう。その刑務所には3室あり、手前から、動けないように首を板ではさまれている人形。次に、隅の方で悲しそうにしている老人。最後に、キレイなチュマチョゴリを着た女性の人形。そしてその女性の周りには、お賽銭が投げてあった。びっくりした。しかし、一つ疑問があった。もともとなかったものなのか、それとも呼び水的なお金が撒いてあったのか。そして、もし、それが老婆だったらお賽銭があるのだろうかと。隣に居た彼女に聞いてみた、「もし、あれがキレイな若い女性ではなく、老婆だったらみんなお賽銭投げると思う?」するとこう返ってきた。「それはない」と。やっぱり。 入り口への帰り道、トイレがあった。彼女曰く、「昼食のレストランでいっぱいになるだろうから、ここでしていこう」と。さすが、3児の母。用をたすと、私は気づかなかったが、トイレで使った紙は流さずに備え付けのビニールの中に入れるらしい。紙が詰まるからだそうだ。日本語でかかれていたのにもかかわらず分からなかった。環境問題からなのだろう。 売店に寄ってみると、この前韓国に旅行に行った母が買ってきたお土産で私が唯一気に入ったものが売ってあった。それは買ってきたものではなく、紫水晶を買った時にもらったものらしい。それが5000ウォンで売ってあった。非売品だと思っていたが、売り物だった。 昼食は、海鮮鍋。やさいたっぷりの鍋。前に座ったオバチャン2人は、酪農家ではなく、販売店での参加だった。たくさん売っているらしく、県庁にも出入りしているということだった。打ち上げとかで使ってもらう方法とかいろいろ教えてもらった。あと、売れ残りは全部捨ててるらしい。自分たちは飲み飽きたのだろうか、飲まないと言ってた。私も大人気のカフェオレは、一度オエェときたので、飲まなくなった。コーヒーも同じく。今、唯一飲めるのはプレミアムコーヒーだけ。まあ、そんなもんですよ。 お昼が終わってバスへ戻ろうとすると、お店の前でコピー商品を売る叔父さんがいた。一つ10000円から始まり、最後には4つで10000円とまで下がったらしい。だが、現地ガイドさんが言うには、今から連れて行くところの方が、質がいいと。だが、これはずっと続いた。コピー商品を取り扱うところに2箇所連れて行かれた。二箇所目に行く際に、今のところよりも出来が言いと言い出した。袋いっぱいに買っていた人が居た。日本人を連れて行くお土産やさんは、雑居ビルの一室。そこでは、日本語を話せるスタッフばかりで説明も日本語。日本人ツアー専用の場所らしい。順番順番にツアーが入ってくるのだろう。予定が組んであるのだろうと思う。 コピー商品を買うつもりは毛頭なかったので、店内を見回って、ずっと疑問だったことを現地ガイドさんに質問した。「どうやって日本語を勉強したか」と。どうやら、日本に長期留学をしたわけではなく、高校時代に3ヶ月であとは大学とかで独学に近いようだ。ガイドさんが言うには、英語よりも簡単だろうと思っていたが、相当難しいらしい。そして、今のレベルからなかなか抜け出せないのが悩みらしい。店内に、「”注文”受け取ります」という看板があった。言いたいことは分かるが、日本人にはなじまない言い方だ。ガイドさんに「あの日本語おかしいと思いません?」と聞くと分からないらしく、「”注文”承ります」ですよ。と説明すると、メモり出した。どうやら韓国には尊敬語や謙譲語がないらしい。というか、日本が特有なのだろうか。でも、これだけの語学力を身に付けられるのだから相当頭がよく、努力家だと思う。 ガイドさんとお話しをしてみて、逆に自分がちゃんとした日本語を話していないということが分かる。なぜなら、ガイドさんたちはちゃんとした日本語を学んでいるのだから、簡単な日常会話レベルなら理解できるはず。だが、通じないときがある。だから、言い方を替えて、一言で済むことを二三事に分けて伝える。そうすると伝わる。ことばがあれば伝わるのではなく、状況を共有しないとことばというのは成立しない。ガイドさんが、「日本人は時間厳守なので甘く見てました。気をつけます」ということを言ったので、ここはちゃんと説明しておかないとと思い、呼び止めて説明した。「日本人でも、サラリーマンは時間を守る。農家は時間を守らない。職業で違う」と。この文に行き着くまでに二三度言い直した。私もそうとう日本語を崩して使っているらしい。 バスの中で、コピー商品を嬉しそうに見ているオバチャンを見ながら思った。「コピー商品を買っているのを見ると、あのオバチャンのポーターのバッグもコピーに見える」。持っている人間の問題なんだと思う。 コピーのお店が終わると、次は南大門市場などに連れて行かれたが、時間はほとんどなく、何も見れなかった。みんなが言う、「ここにちゃんと時間をとってもらえるようにしてほしい。コピーは一軒でいい」と。たしかに。二件も行かなくても良かったと思う。 早くに帰ってきたので、部屋でゆっくりしているよりもと思い、私はインターネットのできるというビジネスセンターを探した。フロントで聞くもわからず、ずっとうろうろしてしまった。やっと見つかり言ってみると、スタッフが英語しか話せないという。私はネットをしたい旨を伝えると、案内してくれた。言語も日本語に変えてくれて、OCNのメールオンのサイトにて、メールを閲覧しようとした。しかし、入ることはできるのだが、文字が文字化けしておりちゃんと見れなかった。いろいろ試してみるも駄目だった。だから、料金だけ払って戻ろうとすると、スタッフはパソコンがちゃんと仕事をしていないのだから料金は良いという。ちゃんとしているなぁと感心してしまった。時間になったので、お別れパーティに向かった。 お別れパーティが始まった。席順はくじを引いて、その番号の席に座る。私は1番を引いてしまった。一番の席を探すが見つからない。うろうろしていると、職員さんがきて、探しましょうか?と。でも、ない。準備ミスのようだ。ほかにももう一人そういう人が居た。私は席に座り、乾杯をし、食事をはじめた。ある程度おなかいっぱいになると、ケーキとコーヒーを味わうことにした。ビンゴゲームが始まり、私は早くにリーチをした。しかし、いつまでたっても、そのあとひとつの番号が出ない。早くにリーチであったのに、最後までビンゴすることはなく、景品ももらえなかった。 お別れパーティを終えた私たちは、同じ班の人たちがこれから買い物に出かける話を聞き、誘われた。しかし、彼女が行くつもりはないと言ったので、「もし、私がいない方が良いのだったら、行く。でも、居て良いんだったら居る。」と聞いた。そして「ちゃんと聞いたほうが良いと思ってる」とも伝えた。私の持論は「言わなきゃわからない。口があるやろ、口が!」。思いやりとはとても高度なものであり、ぜったいに完結できないものだと思っている。思いやりではなく、コミュニケーション能力。思ったことを言う。これはわがままなのではない。相手が望んでないのに、思いやりのかさをかぶってする行為こそわがままだと私は思っている。 私は彼女が居て良いというので、そうすることにした。まだ就寝に時間があるので、せっかくパソコンを持ってきていることもあり、日記を書くことにした。そこで問題がひとつ。変換プラグを持ってきてないということだ。説明会では日本と同じ二股の..ということだったので、そのまま信じてしまっていた。だが、よく考えてみれば、NZに行くときに準備のときに韓国は違うんだ・・と思っていた。そこで、駄目元で添乗員さんに変換プラグを貸してもらえないか相談してみると、その添乗員さんが現地のガイドさんに相談すると、変圧器はどうかわからないが、ホテルにあると言う。そのガイドさんがフロントにて交渉してくれた。部屋からルームサービスにて申し出ることを知った。 私は買い物に行かないことを伝えるため、集合場所に行った。するとたくさんの人がいた。みんな買い物に行くらしい。一人の男性は「違うものを買いに行く」と言っていた。つまり、女性を買うという事なのだろう。契約時間外なのになぜガイドさんはついてきてくれるんだろうかといろいろ創造をめぐらせた。積極的意味では、もっと日本語をうまくなりたいから。韓国を楽しんでほしいから。しかし消極的意味では、知り合いの店に連れて行ってキックバックをしてもらうのか。など。 同じ班のほかの人たちは担当の現地ガイドさんに頼んで東大門市場まで出かける。しかし、市場で買い物に興味を持てなかった私たちは、インフォメーションにて教えてもらった近くのセブンイレブンまで散歩がてら出て行った。現地通貨に両替していなかった私は、彼女が今まで買い物をしてお釣りでもらっていたお金を使うことにした。1000Wしかないということだったので、ミネラルウォーターを買うことにした。レジに出して、ついでに疑問だった、クレジットカードを使えるのかと聞いた。日本ではレジにてカードといえばクレジットカードだが、彼女がカードというと、テレフォンカードを出してきた。なので、クレジットカードOK?と聞いてみると、それでも通じず、ためしに、May I use credit card?と聞いてみると、通じた。しかし、使えないらしい。私たちは購入したミネラルウォーターだけを持って帰ろうとした。すると彼女が「あっちに行ってみよう!」と言い、言ってみることにした。隣はマクドナルド。ずっと進むと屋台があり、屋台では日本のおでんのようなものを売っていた。それを買った現地のお兄さんが食べながら、器の中のたれをつけていた。「もしかして、あのたれはみんな使ってるやつ?」と言ってみた。日本語は通じない。ずっと進んでいると、outletと書いてある看板とlottemartと書いてある看板があった。よく見てみると洋服が売ってあった。中に入ってみるとハングル文字ばかりで、現地スーパーであることがわかった。いろいろ見てみると何も買いたいものがないし、言葉も通じない(英語も)ので、帰ろうとしたら、お菓子を買いたいとの彼女からの提案があり、ちょうど生鮮食品を買ってエスカレーターを上がってきてた人がいた。地下に食品売り場があると判断し、反対側に周り、エスカレーターを降りた。ちょうどエスカレーターの入り口で大量のカートを移動させていた。おそらく10m分はあると思う。それをエスカレーターで移動させていたのだ。私たちも乗ってみると、日本にある普通の階段式のものではなく、フラットな坂道のものであった。韓国は環境問題でも意識レベルでも高いが、こういう使いやすいもの、ユニバーサルデザインという点でも上回っていると思った。これであれば、高齢者でも車椅子でもベビーカーでも小さな子供でも大変ではないと思った。カートを階をわたって使えるので、消費行動もあがると思う。何重にもお徳なのに、なぜしないのだろうか。もちろん、スペースは二倍になる。それ以上にお得な気がする。。 クレジットカードしか持っていない私たちは、ここでクレジットカードが使えるのかいろんなスタッフに聞きまくった。インフォメーションにて使えることがわかり、安心して買い物に臨んだ。最近母が韓国に旅行し買い物をしてきた。母が言うに「現地の人も使ってるコンビニで買ってきた」とのこと。だまされてないか思い、セブンイレブンにて調べたが、おんなじ価格だった。しかし、コンビニにて見た商品が場合によっては三分の一の価格でスーパーでは売ってあった。びっくりした。私は母がだまされていることをどうしても証明したいので、いろいろ買うことにした。ずっと周っていると、本屋さんがあった。5歳の子供を持つ彼女は「絵本を買って帰ろうか」と言い出した。ずっと見ていると、「この本の絵、見たことある」と裏を見てみると作者は日本人。教科書に載っていたと言った。さすが小学校5年生のお母さんと思った。 のりのコーナーでは、たくさん入って400円ぐらいで売ってあるのもあったが、大きいので、高級そうで場所をとらない海苔にした。しかし、この海苔、本当に韓国のりなのだろうかと疑問でもあった。かえって封を開けて、食べてみないと判断できない。ほしいもののめぼしがついてレジに向かって、レジの人にクレジットカードを使えるのかと聞いてみると、OKと言った。清算しながら思ったことだが、インフォメーションや、入り口のボーイさんよりもレジのおばちゃんのほうが英語力があった。もうひとつびっくりしたことは、清算時に伝票にサインするのが当たり前と思っていたのだが、タッチパネルに磁気ペンにてサインをするシステムになっており、何にも心配要らない、日本(阿蘇より・・当たり前?)進んでるのだと感心した。田舎ものの私だけ?知らないのは? そして買い物が終え、ホテルに戻った。 ホテルに戻って、部屋からルームサービスにて変換プラグを持ってきてもらうようお願いする。電話に出たのはおばちゃんだった。何ボルト対応なのか?と聞かれたので、110ボルトと答えると、変圧器付のものを持ってきてくれた。これは有料なのか?無料なのか?でも、料金の表示や案内がなかったので、無料なのだろうとも思っている。後から請求書がくるのだろうか。でもまあ、少なくとも乳代から引かれ、私には請求はこないだろう。 12時を周っていた。彼女はもうお風呂から上がり、横になって寝ていた。私もお風呂に入って寝ることにした。 3日目(28日) 今日もモーニングコールで起こされる。今日は7時だ。テープであることは分かったので、御礼を言うことはなかった。昨日と同じように朝ごはんを食べて、トイレに向かい座り、チェックアウトの準備をする。昨日、変圧器を借りたので、これは料金を取られるのはひやひやだったが、部屋の鍵を返すと、「ありがとうございました」と何も無かった。彼女と顔をあわせて、よかったねぇと声を掛け合った。 バスに乗り込むと、いつもは隣同士に座っていたオバチャンたちが、手荷物が多いのだろうか、別々に座っていた。最後に乗ってきた1組が一緒に座るところがなく、別々に座ることになった。やっぱりオバチャンだなぁと思う。 3日目となると疲れきっていて、朝からバスの中で居眠り。すると、現地代理店のスタッフが航空券を回収し始めた。私は、ん?と思ったが、渡した。今日の最初の日程は、昌慶宮(チャンギョングン)という文化財の見学。 ![]() 再現されたとしても幻想的だ。一番は、バックに見えるビルとのコントラスト。そして、説明は大広場の中央にある作られた通路だ。ここのトップの顔を見れるのも、この広場に入れるのも一部の階層だ。そして、作られた通路の真ん中を通れるのはトップのみ。どんなに偉くともまたぐことさえ許されない。 トイレがある広場に鳥が居た。私は鳥にも詳しくないが、彼女は鳥を見て、カササギと言い、私に佐賀県の鳥と説明してくれた。 ![]() 韓国では体を清めることが大切らしく、来客は東門から入り、3日間体を清めるらしい。そして驚きは、東門への道の真ん中に作られた通路、2段の一番上はトップも通れないところらしい。じゃあ、誰が通るかと言うと、死者。昔はトップは特別なものであるように見せ、死者をその上に持ってくる。こうやって政治を行ってきたのだろう。民衆を統治してきたのだろうと思いを馳せた。 ![]() 敷地から出てバスまでの道のり。周りから纏足の話が出た。纏足と言えば、立てないぐらいに足を小さくしておくこと。それが美しさの象徴であったらしい。だが、それは美しさなのだろうか。立てないと言うことは、逃げれないということだ。労働者階級ではない女性は、ただの子どもを孕むためだけの政治的道具であったと思い、寒気がした。纏足の話が出るまで権力構造に気が行っていたが、その話が出たとたん、寒気がし、現実へと逆戻りした。纏足は今では虐待に当たるので、絶対にしてはならないと思う。でも、今でもそれに似た制度が残っている。これは韓国だけの問題ではない、世界各国の問題だ。女性の服は9号。体が小さくても、大きくても悩む。私たち女性は9号サイズの服に体が合うように服ではなく体のほうを作り変える。私たちはこのように昔はトップしか通れなかった通路を通り、死者のみの通路も横切ることができるようになった。だが、纏足は形を変え今でも残っている。 ![]() バスに乗り込むと、現地代理店のスタッフが今度はパスポートを回収し始めた。ムッ!と思った私は、回収している人に、「なぜですか?」と問うた。すると、「搭乗手続きを事前にしておくためです」と。パスポートを回収する前に言え!国外に出たら、パスポートは命の次に大切なものなんだぞ!。しかし、逆に考えれば、この代理店の日本人のお客はその点に無頓着だったのかもしれない。そうでなければ、このスタッフは理由を告げて集めるだろう。ツアーという恐ろしさを実感してしまった。ツアーが外国旅行の一番最初でなくて良かった。こういうツアーに慣れている人が個人旅行をしたときに、何らかのトラブルに巻き込まれるのかもしれない。参加者はバッグだって、肩掛けやハンドバッグだし。個人旅行でそんなバッグ持ってたら、日本人と分かったとたん狙われるぞ! 今日のお昼はプルコギ。その場所に向かうと、おととい来た場所だった。向かいにはショーの場所もある。あれ、コンビニもだ。ここらへんは日本人のための場所だ。バスから降りると、前を歩いていた足の悪そうなおばあちゃんが転んだ。そのぐらい疲れるツアーなのだ。転んだ後も、階段を3階分も登らなければならない。参加者の年齢層を調べなかったのか。それとも・・・。私はこのツアーには不信感だらけだ。 階段を登り、席に着くと、周りはコピー商品を買い込んだオバチャンたちだった。プルコギを食べると、追加注文をオバチャンたちが始めた。どうもそのメンバーに私も入ってるらしい。まあ、どうにかなるかと思って参加した。「若いからたくさん食べないよ!」といわれ、残さず食べた。お勘定を払うときになったら、私が「すみません、日本円しか持ってないんです」というと、オバチャンの一人が、「若い人ははらわんでいいよ」と言ってくれた。帰りしな、彼女に「今まで言ったオバチャンたちへの悪口、すべて撤回する。おごってもらった!」と言った。私が一番の曲者だ。 食堂を出るとバスまでの途中にコピー商品の屋台があった。今までさまざまなコピー商品をつままされてきたオッサンが、現地代理店のスタッフから情報を仕入れてきた。「あのおじさんが持っているコピーが一番上手につくられているって現地ガイドが言ってた」と。実際に見てみると縫い目もきれいだった。我先に数人が飛び出て買ってきた。最後の最後まで商売上手だ。 そしてツアーの最後。韓国キムチのお店に連れて行かれた。バスの中で現地ガイドさんが「ここのキムチは特別なキムチです。材料はすべて韓国のもので作られています。・・・結婚してないお嬢さんいらっしゃいますか?(私一人手を挙げる)何とかキムチを食べるとお嫁にいけるそうです」と説明してくれた。うむむ。お嫁に行きたくないから、家に居るんだけれどなぁ。結婚するなら、事実婚かオムコサン。 私はキムチを作っている工場を見せながら、それで買えると思っていた。だが、やはりまた雑居ビル。テーブルと椅子が用意されていて、お茶を飲めるということで座らされた。すると、バナナの叩き売りのような販売が始まった。 「これは王様キムチ、これは昔の偉い人しか食べれなかったキムチだよ。中に海鮮が入っていておいしいよ。これ小さいのは2000円。大きいのは3000円。・・」と始まった。昨日地元のスーパーで買ったキムチは500g250円。この差はいったい?こんな高いものを買う人が居るのか?と心配になった。だが、私の心配は不要だった。となりのオバチャンが「それ3つにこれ3つに・・」と合計で2万円分も買って行った。オバチャンは、端数負けて!と言っても売り子さんは譲らず、負けるのではなく、韓国のりを大量に入れた。デモンストレーションもばっちりだ。そのオバチャンが買っているすきに、席を離れた。キムチはおいしかったが、お金がもったいない。 こうやって帰りの飛行機に乗る。帰りの飛行機では着陸の際に揺れまくって気持ち悪くなった。しかし、思いは、出発前にペレットを与えて、牧草だけをやってきたうっしーが生きてるだろうかとばかり心配していた。 帰宅して、いつもの毎日が始まった。帰ってみると、牛の雰囲気が違う。私の牛は私を見て喜んでいる。やっぱり家がイイ。仕事をしていると、ん?この排泄物おかしいと思い、じっくりみると血便をしている。びっくりして父に聞くと、昨日気づいたらしい。これは昨日今日の病気じゃないぞ!と言うと、「獣医さん呼んだがイイか?」とバカみたいなことを言う。その子の血便が治るまでに5日はかかった。痛い静脈注射を打たれ、強制的に薬を飲ませるために、鼻からチューブを通され、生きた心地はしなかっただろう。 また、私が居ないあいだに弟と父がひともめしたらしい。仔牛を飼うということはバカでもできるということじゃないということだけは父と弟にもわかったらしい。それからは私のすることにケチをつけなくなった。 とても疲れたツアーだったが、以前から親しくなりたかった人と仲良くなれ、私が居ないことで私の存在意義を証明できたと思うと、まあ、それなりの旅行だったと思う。一番の心配の種だったうっしーも生きてたし。ただ、長きに渡って骨盤体操をして改善してきた生理痛が今回は激しく逆戻りしていた。旅行は骨盤に悪い。 |